国内有数水郷の1つ、900年以上の歴史を誇る水郷古鎮!
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今日は朱家角からほんの数キロ西に広がる「周荘」をご紹介します。
1086年にはその原型ができていた周荘、その誕生のいわれは元の時代の大富豪、潘万山が村の北にある白蜆江から水を引いたのが始まりなんだとか。かつては周辺地域の水運や商業の要所として繁栄し、今でも6割以上が残る明清時代の建物や水路の風景が訪れる人々を魅了してやまない場所なんです。
1086年にはその原型ができていた周荘、その誕生のいわれは元の時代の大富豪、潘万山が村の北にある白蜆江から水を引いたのが始まりなんだとか。かつては周辺地域の水運や商業の要所として繁栄し、今でも6割以上が残る明清時代の建物や水路の風景が訪れる人々を魅了してやまない場所なんです。
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水郷村の「東門」から侵入
A: 村中心を南北に流れる南北市河の東側(北市街~南市街)を、南から北へ散策。
B: 村の北端「全功橋」で河を渡って折り返し、南端にある「全福寺」界隈まで南下。
C: 最後に村の北西にある正門(古牌楼)や周辺を見学し、「富安橋」を越えて終了。
という大別したうちのA~Bのルートを取ることに。
では、帰りのバスに置いていかれないよう、サッサと行きましょう!
B: 村の北端「全功橋」で河を渡って折り返し、南端にある「全福寺」界隈まで南下。
C: 最後に村の北西にある正門(古牌楼)や周辺を見学し、「富安橋」を越えて終了。
という大別したうちのA~Bのルートを取ることに。
では、帰りのバスに置いていかれないよう、サッサと行きましょう!
ルートA~「沈庁」「張庁」「双橋」を楽しもう~
南市街~北市街と続く通りには、複数の見所が点在しています。まずは富安橋の少し南にある「沈庁」へ行き、その後この市街通りを北上しながら周囲の様子を皆さんにご紹介しましょう。
富安橋のすぐ傍には当地でチョッピリ有名なお菓子「万三糕」が売られています。もち米と砂糖から作られるお菓子には色んなバリエーションがあって、甘さも控えめなんだそう。
●沈庁(瀋庁)
こちらは、この周荘を開いたと言われる瀋万山の子孫である豪商が、清の乾隆7年(1742年)に建てた屋敷です。沈庁のある通りの建物は間口がどれも狭いので見逃しそうなんですが、一歩入ると奥へ奥へと続く部屋の多さが意外!
内部は7つの中庭と5つの門が直線的に配置され、玄関部分、居間部分、そして住居部分へと縦に連なるスタイルは“前庁後堂”建築と呼ばれています。
こちらは、この周荘を開いたと言われる瀋万山の子孫である豪商が、清の乾隆7年(1742年)に建てた屋敷です。沈庁のある通りの建物は間口がどれも狭いので見逃しそうなんですが、一歩入ると奥へ奥へと続く部屋の多さが意外!
内部は7つの中庭と5つの門が直線的に配置され、玄関部分、居間部分、そして住居部分へと縦に連なるスタイルは“前庁後堂”建築と呼ばれています。
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さて、再び富安橋の前を通過して、次は北市街にある「張庁」へ!
朝から多くの観光客が入り口周辺で写真撮影しているこちらが「張庁」です。明代の中山王徐達の弟である徐孟清の子孫に建てられた屋敷は、周荘に現存する数少ない明代建築の1つとして貴重な存在。清代初期に一族が衰退し始めた頃、張という姓の者に売り渡したことから「張庁」と呼ばれるようになったんだとか。こちらも中には約70もの部屋があるんですよ!
●双橋(雙橋)
明の万歴年間(1573~1619)に建てられた「世徳橋」と「永安橋」が、周荘観光で外せない見所の1つ“双橋”。直角に繋がるこの2つの橋は、その姿が古代の鍵の形に似ていることからカギ橋とも呼ばれています。かつてこの橋を描いた陳逸飛の絵画が、鄧小平時代の国際交流舞台に登場したことで、周荘そして双橋もが世界的な名所になったんだとか。
明の万歴年間(1573~1619)に建てられた「世徳橋」と「永安橋」が、周荘観光で外せない見所の1つ“双橋”。直角に繋がるこの2つの橋は、その姿が古代の鍵の形に似ていることからカギ橋とも呼ばれています。かつてこの橋を描いた陳逸飛の絵画が、鄧小平時代の国際交流舞台に登場したことで、周荘そして双橋もが世界的な名所になったんだとか。
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双橋を越えてさらに北へ向かうと河岸沿いには茶屋、右手にはレストランが広がり、もう1つの入村門に辿り着きます。
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【まずは河岸の風景を満喫!】
北市街では多くの商店が並びみな商売熱心ですが、まずそういうものは後回し。心配しなくても、同じようなお店は後から後から出てきます!そんなことより、まずはこの水郷風景を堪能しようじゃありませんか。
北市街では多くの商店が並びみな商売熱心ですが、まずそういうものは後回し。心配しなくても、同じようなお店は後から後から出てきます!そんなことより、まずはこの水郷風景を堪能しようじゃありませんか。
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ルート B ~見所はやっぱり「全福寺」?小粒な見所もアリ!~
お茶屋を後にし、次は蜆江街を南へグングン、「太平橋」と「梯雲橋」を越え、次なる目的地の最南端にある「全福寺」を目指します!蜆江街もこれまた細い道なんですが、通りの左右は食事処や商店が所狭しと並んでいます。小さな食事処の雰囲気はどこも似ていて、軒先には料理用に周辺で釣られた魚や野菜が陳列されています。
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●天孝徳民間収蔵館
太平橋を越えた左手に、ガイドには載っていない気になる建物が。こちら明代後半の典型的家屋の中には、明清家具や歴代陶器・玉石などを中心に、様々な民間日常品や生産具などが20万点ほど保管されているんです。特に陶器類の陳列が目立ち、骨董ファンは必見!
太平橋を越えた左手に、ガイドには載っていない気になる建物が。こちら明代後半の典型的家屋の中には、明清家具や歴代陶器・玉石などを中心に、様々な民間日常品や生産具などが20万点ほど保管されているんです。特に陶器類の陳列が目立ち、骨董ファンは必見!
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梯雲橋から右手を見ると、「古いっ!」と思うべきか、「趣がある」と思うべきか、とにかくある種迫力ある光景が。
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しばらくすると前方に見えるのが「隆興橋」です。周囲の風景を写生している子供たちもチラホラ。
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●南湖園/全福寺
門で周遊チケットを見せて中へ。どうやら「南湖園(秋月園)」と「全福寺」が同じ敷地内にあるようです。劉賓客舎、お茶屋さん、山門(全福寺の玄関のようなもの)を通過し、脇にある小さな洞窟を抜けると全福寺の中まで入れました。
門で周遊チケットを見せて中へ。どうやら「南湖園(秋月園)」と「全福寺」が同じ敷地内にあるようです。劉賓客舎、お茶屋さん、山門(全福寺の玄関のようなもの)を通過し、脇にある小さな洞窟を抜けると全福寺の中まで入れました。
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水辺に浮かぶ庭園の先にあるのが全福寺の本堂です。現在の全福寺は宋代(1086年)、白蜆湖の畔で創建され、その後破壊されたものを、1995年以降この地で再興したもの。南湖に面し、放生池を配したこの寺は“水中仏国”とも呼ばれ、広い敷地内は、他とは違う優美で穏やかな空気に包まれています。
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漁池岸の通りに出て左手にある家は、清代の1862年頃に建てられた「陳宅」。名所でなくとも、この古鎮にある歴史的建築物にはそれを説明する標識が付けられているんです。
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この短い漁池岸通りを抜けた前方は、河沿いの「西湾街」です。
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西湾街に出ると、右手には「普慶橋」、左手には周荘の元の名称を付けられた「貞豊橋」があります。ここで次の目的地「迷楼」がある貞豊橋に向かって左折!
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●迷楼
貞豊橋のたもとにある2階建ての小さな建物が「迷楼」で、もとは「徳記酒楼」という普通の酒場だったそう。1920年代の文学結社「南社」のメンバーだった柳亜子、陳去病、王大覚らがここで酒を飲みつつ数々の有名な詩を作り上げ、それらの詩が後に『迷楼集』として世に出たことで、この場所も有名になったそう。
貞豊橋のたもとにある2階建ての小さな建物が「迷楼」で、もとは「徳記酒楼」という普通の酒場だったそう。1920年代の文学結社「南社」のメンバーだった柳亜子、陳去病、王大覚らがここで酒を飲みつつ数々の有名な詩を作り上げ、それらの詩が後に『迷楼集』として世に出たことで、この場所も有名になったそう。
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迷楼へと貞豊橋を渡る前に、橋のたもとの食事処でお昼をいただいた。たいていのこうした食事処で食べられるのが、看板の一番上に書かれている「阿婆菜」、「万三蹄」という周荘の名物料理なんですよ。
豚の脚を醤油につけてトロ火でじっくり煮込んだものが万三蹄。お肉はとても柔らかく、脂身とプリプリの皮がコッテリとした風味をより濃厚にしています。醤油辛さはなく、甘すぎず、まろやかな味わい。それに加えたいのが阿婆菜という青菜の漬物。これがあれば、ご飯もグッと美味しく食べられちゃうんです。 こうしたお店は値段もリーズナブルなので魚料理なんかも合わせてたくさん食べたいですね!みなさんもご当地料理をぜひ堪能あれ!
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ルート C ~北の玄関「古牌楼」を拝んだら、冨安橋で水郷風景を見納め~
さて、今回この古鎮の“正面玄関”(=古牌楼)から入っていない。いえ、入り口なんてそんな重要ではありませんが、一般の観光客がどういう場所から村に入ってくるのかやっぱり見ておきたい!他の見所を見学しつつ、門のある村の北へと行ってみましょう。先ほどの迷楼から出発です。迷楼のある中市街もお店がいっぱい。この村でお店のない通りは無いです、ホントに!土産物店の中に時折出現する漢方薬局や酒屋が、昔ながらの趣をこの通りに添えています。
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周荘の茶館といえば真っ先に名前があがるほど有名な茶館が、この中市街にある「三毛茶楼」。“三毛”という店名は台湾の有名女流作家の名前に由来し、店内は風情たっぷり。お茶をいただきながら、窓の外に見える河や街の景色を楽しめるステキな茶館です。
●澄虚道院
三毛茶楼の近く、中市街と蜆園弄という2つの通りの交差点近くにあるのが、こちらの道教寺院。別名「聖堂」とも呼ばれる澄虚道院は宋の元祐年間(1086~1096年)に建てられたもので、今からおよそ900年あまりの歴史ある道教寺院なんです。明代以降に拡大され、清代には3つの庭を持つ建築となり、周辺地域でも有名な道教寺院の1つと言われています。
※こういう寺院の中に居る人(住職さんとか)に色々と声を掛けられても、ご供養のお布施(200元前後~)を支払う気が無ければ相手をしないほうがベター。
三毛茶楼の近く、中市街と蜆園弄という2つの通りの交差点近くにあるのが、こちらの道教寺院。別名「聖堂」とも呼ばれる澄虚道院は宋の元祐年間(1086~1096年)に建てられたもので、今からおよそ900年あまりの歴史ある道教寺院なんです。明代以降に拡大され、清代には3つの庭を持つ建築となり、周辺地域でも有名な道教寺院の1つと言われています。
※こういう寺院の中に居る人(住職さんとか)に色々と声を掛けられても、ご供養のお布施(200元前後~)を支払う気が無ければ相手をしないほうがベター。
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さて、蜆園弄通りに入ってきました。ここを北上し青龍橋の手前にも、なにやら不思議な建物が…その名も「怪楼」。看板の説明を読むに、現実と虚構のハザマに立たされる、いわゆる“びっくり小屋”のような空間が待っているらしい!
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●周荘博物館
青龍橋を渡って左折し、后港沿いをまっすぐ歩いていくと右手にあるのが「周荘博物館」です。民家を改築した館内には、この地域から発掘された出土品や刺繍などの伝統民族品、上海の骨董通りでも見かけたことのあるような多様なデザインの門鍵など合計約1,000点展示されています。 次はいよいよ、1番最初に訪れるはずだった北門、「古牌楼」です。
青龍橋を渡って左折し、后港沿いをまっすぐ歩いていくと右手にあるのが「周荘博物館」です。民家を改築した館内には、この地域から発掘された出土品や刺繍などの伝統民族品、上海の骨董通りでも見かけたことのあるような多様なデザインの門鍵など合計約1,000点展示されています。 次はいよいよ、1番最初に訪れるはずだった北門、「古牌楼」です。
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●古牌楼
博物館の横にある全福路を入ると、まるで門前町のような光景が広がります。この水郷村の北の入り口、全福路にそびえる石門が周荘古鎮の象徴「古牌楼」。門の内側にある横額は有名な書道家・費新我がその晩年に書いたもので、“唐風孑遺”という4字は古代の素晴らしい民族文化や生活が今でもこの地に根付いていることを表現しているんですよ。
博物館の横にある全福路を入ると、まるで門前町のような光景が広がります。この水郷村の北の入り口、全福路にそびえる石門が周荘古鎮の象徴「古牌楼」。門の内側にある横額は有名な書道家・費新我がその晩年に書いたもので、“唐風孑遺”という4字は古代の素晴らしい民族文化や生活が今でもこの地に根付いていることを表現しているんですよ。
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いやー、満足満足。普通はここから古鎮巡りをスタートさせているのね、みなさん!スタート気分にひたりながら再び青龍橋を渡り、かねてよりお楽しみにしていた「富安橋」へと向かいます。
※別にこの橋が周荘きっての見所という意味ではないので注意(笑)!
その前に、みなさん「梯雲橋」をまだ覚えていますか?これだけ橋があれば覚えてないですよね、“ルートB”の最初にある「天孝徳民間収蔵館」の先にあった、あの橋です。橋の右手に古い通りがありましたが、あそこにも見所があったんですよ。そこを見学しつつ富安橋へと戻っていきましょう。
※別にこの橋が周荘きっての見所という意味ではないので注意(笑)!
その前に、みなさん「梯雲橋」をまだ覚えていますか?これだけ橋があれば覚えてないですよね、“ルートB”の最初にある「天孝徳民間収蔵館」の先にあった、あの橋です。橋の右手に古い通りがありましたが、あそこにも見所があったんですよ。そこを見学しつつ富安橋へと戻っていきましょう。
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●葉楚滄故居
西湾街にあるこちら「葉楚滄故居」は、先ほど迷楼の紹介で触れた「南社」の詩人であり、国民党元老でもあった葉楚滄がかつて暮らした場所。清代建築の住居は5つの中庭を持ち、内部には葉楚滄の著作なども展示されています。こちらも、直線状に奥へ奥へと続く典型的な建築スタイルを持った建物です。
西湾街にあるこちら「葉楚滄故居」は、先ほど迷楼の紹介で触れた「南社」の詩人であり、国民党元老でもあった葉楚滄がかつて暮らした場所。清代建築の住居は5つの中庭を持ち、内部には葉楚滄の著作なども展示されています。こちらも、直線状に奥へ奥へと続く典型的な建築スタイルを持った建物です。
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【チョット寄り道】
いろんな観光名所でよく見かける“花文字”ですが、周荘ではむしろ筆一本で書く“姓名題詩”をよく見かけました。自分の名前の漢字を使って詩を作ってもらえるなんて、なかなか趣あるお土産じゃないですか!
いろんな観光名所でよく見かける“花文字”ですが、周荘ではむしろ筆一本で書く“姓名題詩”をよく見かけました。自分の名前の漢字を使って詩を作ってもらえるなんて、なかなか趣あるお土産じゃないですか!
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※詩を作るのは10元。その後、掛け軸や色紙など正式なものに書くのに別途費用がかかります。費用は掛け軸のサイズや種類により変わります(140元前後~)。
ようやく、独自周遊コースのスタート地点にあった「富安橋」まで戻ってきました。この橋を渡ると、冒頭で初めてこの水郷村に足を踏み入れたあの場所に戻ります。さて、橋を渡って、バス停へと戻るとしましょう!
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橋の上から見渡した風景がコレ。よくガイドブックで見かける、あの水郷古鎮の典型的な景色が見渡せます。さらば周庄、また来るよ!
思わぬところで時間を取られたり、寄り道したりしているうちにゆっくり周遊船を楽しめなかったですが、みなさんにはぜひ試してみてもらいたいものです。
また、水郷の夜景も情緒を感じさせる最高の風景なので、いっそ上海へはタクシーで帰ることにして、夜までじっくりこの地の良さを堪能するのも良し!
(タクシーは片道250元程度、一泊するよりお金も時間もお得かも!!!)。
みなさんもステキな水郷周遊を楽しんでくださいね!






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